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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)28号 判決 1957年2月28日

原告 植松梅松

被告 長野県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三十年六月二十五日原告の訴願についてなした裁決を取消す、昭和三十年四月三十日行われた諏訪市議会議員選挙が無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告は諏訪市議会の議員選挙権を有し、昭和三十年四月三十日行われた同市議会議員選挙に立候補したが右選挙に当選圏内の得票をえられなかつたので落選者と決定した。しかしながら右選挙はその自由公正が著しく阻害された情況の下に行われたばかりでなく、その管理執行の手続に関する規定に違反して行われたものである。即ち、(一)、諏訪市全区(上諏訪町、四賀、中洲、豊田、湖南)内の各地区においてそれぞれその地区の有力者が地域別に市議会の議員候補者(部落推薦候補者または部落候補者)を定め、同地域内の有権者をしてその候補者に投票することを強要したものである。しかもその方法として、次のような方法を採つた。即ち、(イ)、部落候補者に投票しなければ村八分、またはこれに類する待遇をする旨を告げられ、(ロ)、地域内の諸所に見張人を置き有権者の挙動を監視した、(ハ)、投票の際使用文字を制限し、(ニ)、部落候補者に投票することを神前に宣誓せしめ、(ホ)、また同候補者の選挙事務所に顔出することを命じ、歓心を買うため酒食を饗応したばかりでなく、(ヘ)、右の方法によらないで立候補した者(有志推薦候補者または自由候補者)に対し立候補辞退を強要した。これがため右選挙における選挙人の投票の自由は著しく阻害されるに至つた。次に(二)、諏訪市選挙管理委員会は右事情を知りながらこれを放置し、これに対する警告その他の処置を怠つたのは公職選挙法第六条に違反する。更に、(三)、右選挙における各投票所(但第四投票所を除く)は狭隘であり、且投票記載場所も机または台上に紙貼りの囲を立てただけでその構造及び物的設備が不備であるため選挙人が通常の姿勢で投票用紙に記載するときは横或は背後におる者はその内容を窺い知ることができるばかりでなく、投票立会人も近距離におるのでその動作を注視しておれば右内容を察しとることができた。そのため選挙人はこれを予測し真意に反する記載をなさざるをえない状況にあつた。右は公職選挙法施行令第三十二条に違背する。以上の次第で右選挙は無効である。よつて原告は昭和三十年五月十四日諏訪市選挙管理委員会に異議を申立てたが同年六月九日棄却され、次で同月二十五日被告に訴願を提起したが、同年九月二十日棄却されたから、被告に対し右裁決の取消、及び右選挙の無効確認を求めるため本訴に及ぶと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、原告が諏訪市議会議員の選挙権を有すること、原告が昭和三十年四月三十日行われた諏訪市議会議員選挙に立候補したが落選したこと、原告主張の投票記載場所には机または台上に紙貼の囲が設けてあつたこと、原告が右選挙につき異議及び訴願をなしたがいずれも排斥されたことはこれを認めるも、その余の事実を否認すると述べた。

(立証省略)

理由

原告が諏訪市議会議員の選挙権を有し、昭和三十年四月三十日行われた同市議会議員選挙に立候補したが、落選したことは当事者間に争がない。

よつて右選挙の効力につき判断する。

(一)  原告は右選挙においては有権者の大部分がその意思に反して特定の候補者に投票することを強要され、著しく選挙の自由が阻害されたから右選挙は無効である旨を主張するを以て案ずるに、証人横川四郎、同藤森広司、同中島富男、同小野甚蔵、同鮎沢治雄、同笠原八百治、同山崎公三、同小泉泰、同伊藤正寿、同太田穰、同三村満貴志の各供述によれば、右選挙に当り殆んど諏訪市全区(上諏訪、四賀、中洲、豊田、湖南)において各地区毎にその地区内の有志者が農業組合、青壮年協議会その他の各種団体の幹部と諮り、その地区の市政運営上の利益を擁護する目的を以て地域(部落)別にその地域を地盤とする候補者(部落推薦候補者または部落候補者総数三十名)を定めた上、この方法によらないで立候補した者(有志推薦候補者または自由候補者、総数十二名)と対抗し、当選を期して選挙運動を展開し、その結果部落候補者は自由候補者を圧倒して多数の候補者の当選を見た(当選者合計二十九名、但議員定数三十名)ことを認めることができる。しかしながら、このように部落候補者が多数当選したのは、部落の有権者がその地区の有力者から部落候補者に投票することを強要されたためその自由な意思に反してこれに応じたことによるものであることは、これと符合する成立に争のない甲第二号証の二、その成立を認めうる甲第六号証の各記載、証人大森甲斐治、同水端大五郎、同伊藤甲子雄、同島立広次、同笠原芳智、同伊藤英一の各供述は、証人小野甚蔵、同小泉泰、同溝口藤芳、同小沢脩一、同横川四郎の各供述と対比し直に採用するをえないし、他にこの事実を認めしめるに足る措信しうる証拠はない。尤も原告は地区有力者において部落候補者を当選せしめるため原告主張の(イ)乃至(ヘ)の方法により部落有権者に右候補者に対する投票を強要した旨を主張するを以て逐次これにつき案ずるに、

(イ)、成立に争のない甲第一、第二号証の各二、同第四号証の二には部落有権者が部落候補者に投票しない場合は村八分の処置を受くべき旨の噂のあつたことが記載され、証人島田善作、同伊藤英一もこれと略々同趣旨の供述をするけれども、右記載及び供述はいずれも他からの伝聞にもとずくものであるから、これによつては、地区有力者が、その選挙運動の方針として、右のような方法を採つたものとは容易に認め難いし、他に右事実を認めるに足る証拠はない。(ロ)、前記甲号各証、及び証人林侃、同大森甲斐治、同水端大五郎、同伊東甲子雄、同笠原芳智、同笠原浅次、同山崎公三の各供述によれば、上記選挙の期日前に諏訪市内(特に農村地区)諸所の街頭に一名、または数名の者が佇立徘徊するのが見受けられ、その一部の者は見張または尾行の如き行動に出たことを認めることができる。しかるに証人小泉泰、同伊藤正寿、同本郷末実、同溝口藤芳、同花岡今朝好、同林武夫、同三村満貴志の各供述によれば、右見張または尾行する者も諏訪市内全域に亘り多数に見受けられたのではなく、しかもこれ等の者の中には不当な選挙運動、若しくは選挙干渉を防ぐことを目的として監視に当つていた者もあつたことが認められるから上記の事実があつたことにより部落有権者が部落候補者に投票を強要されそのためその自由な意思による投票を妨げられるに至つたものと認めることはできない。(ハ)、証人大森甲斐治は、地区有力者等におい部落有権者が投票用紙に記載すべき文字を制限したことを聞知した旨を供述するけれども、その供述は他からの伝聞によるものであるばかりでなく、証人柿沢はつゑ、同矢崎博の各供述を参酌すれば、証人大森甲斐治の証言によつては右使用文字制限の事実を認め難く、他にこの事実を認めるに足る証拠もない。(ニ)、前示甲第一、第二号証の各二には、部落有権者が神前に部落候補者に対する投票を誓約せしめられた旨の記載があるけれども、証人宮坂清通、同藤森広司、同鮎沢治雄の各供述と対照すれば、右記載によつては部落有権者の神前に投票を誓約せしめられたことを認め難く、他にこの事実を認めるに足る証拠もない。(ホ)、前示甲第四号証の二、証人宮下はるの、同笠原八百治、同笠原万千代の各供述によれば、部落候補者の選挙関係人において部落有権者がその選挙事務所に出向くこと(顔出)を希望し、その来訪の際、湯茶の接待をなした場合のあつたことはこれを認めることができる。しかしながら右顔出が強要されたことによるものであること、常に酒食の饗応がなされたことはこれに副う趣旨の右甲第四号証の二の記載、及び証人大森甲斐治の供述は後記各証人の供述と対比し採用し難く、他にこの事実を認めるに足る証拠はない。却て証人宮下はるの、同笠原八百治、同矢崎清人、同矢崎博の各供述に徴し、右顔出は強要されたものではなかつたものと認める。(ヘ)、証人伊藤甲子雄、同笠原芳智は、前記選挙において自由候補者として諏訪市四賀地区から立候補した伊藤甲子雄が部落候補者を支援する小泉泰から候補辞退を要求された旨を供述するけれども、この供述は証人林武夫、同小泉泰の各供述と対照し措信し難く、他に右候補辞退の要求がなされたことを認めしめるに足る証拠もない。而して上記認定のように、市議会議員の選挙に当り有権者中の有志者が議員候補者として人格識見共に優秀な者を選んで推薦し、これが当選を期して全選挙区内特に地盤とする地区内において強力且適法な選挙運動を推進することは、全選挙区内に全般的組識的に不法な選挙運動を展開すると異り、これを違法なものと解すべきではない。しかも上記認定の事実によれば、上記選挙においては各地区の有権者がそれぞれ自地区の利益を顧慮することが急なる余り、見張、尾行、その他選挙運動に関連する行動につき一般に不明朗な認識を与えることを避けえなかつたと認められるけれども、なお右選挙につきこれを当然無効ならしめる程度の重大な瑕疵があつたものと認めえないのは勿論、選挙の結果に影響を及ぼすべき規定の違反がある場合にも当らないものというべきである。従て原告のこの点の主張はこれを採用するをえない。次に、

(二)  原告は諏訪市選挙管理委員会が原告主張の不当な選挙運動につき適当な措置をしなかつたのは公職選挙法第六条に違反するから前記選挙を無効とすべき旨を主張するを以て案ずるに、証人大森甲斐治、同伊藤英一の各供述によれば、右選挙における自由候補者大森甲斐治、同伊藤甲子雄から右選挙管理委員会に対し部落候補者側に投票強要の事実あるものとしてその善処を求めたのに対し右選挙管理委員会の講じた措置を不満としていたことを認めることができる。しかるに証人横川四郎の供述によれば、右大森甲斐治、伊藤甲子雄の申出に対しては右選挙管理委員会に許容された権限の限度内の措置として警察官署に連絡し適宜の処置を求めたことが認められるから右申出に対する同選挙管理委員会の措置につき同法の規定に違背した点はなかつたものと認むべきである。他に右選挙管理委員会に同法の規定に違反する措置のあつたことを認めしめるに足る何等の資料もない。しかも証人横川四郎、同村田真一、同伊藤甲子雄、同塩沢八代、同小野甚蔵、同宮坂完一、同林武夫、同林侃の各供述を綜合すれば、右選挙管理委員会は同条の規定に則り、同条所定の措置をなした外、選挙に関する十二章を印刷配付し、及び前田多門、山高しげりに講演を依頼して公明選挙の趣旨徹底に努め、また不当な選挙干渉または選挙妨害のあることを聞知した場合には警告を発し、或は警察官署に連絡してその防止に努めたことが認められるから、右選挙管理委員会の措置には違法の点はなかつたものというべきである。従て原告のこの点の主張も理由がない。更に、

(三)  原告は右選挙における投票所の設備が不備であつたから、右選挙は無効である旨を主張するを以て案ずるに、右選挙が行われた昭和三十年四月三十日当時の状況が再現されていることにつき当時者間に争のない投票所検証の結果によれば、右選挙につき設けられた十数個所の投票所中第一投票所(諏訪市大和公会所)を除くその余の投票所における構造設備は第一投票所の構造設備に比し同等若くはそれ以上であつたこと、及び第一投票所における選挙人が投票を記載する場所については選挙人立会人等の簡単な注意さえあれば他人がその選挙人の投票の記載を見ること、または投票用紙の交換その他不正手段が用いられることのないようにするに足る設備がなされていること、即ち、右選挙人の投票を記載する場所は高さ約二尺八寸、長さ約三尺、幅約一尺八寸の立机二箇を密着させて横に長く窓際に並べ、これを台として、その上に長さ約二尺五寸幅約二尺の棧を豆腐型に組み和紙を貼つたもの(明障子に類似するもの)三枚を蝶番で長辺を継ぎ、これを三曲し、前方及び左右三方から取囲むように立てて記載場所とし、この装置三箇を密着して設け、選挙人はその一箇所で、一名宛投票の記載ができるように設備されていること、而して右記載場所については相互に密着した欠点はあるけれども、なお選挙人において簡単な注意を用いて隠蔽手段を採れば投票の記載を他人から覗き見られることを防ぐことができた(検証の目的となつた他の投票所においては投票記載場所相互間に相当の距離がおかれているからこの点の条件は更に良好である)ばかりでなく、右記載場所から十尺乃至十二尺の範囲内には立会人席が設けられているので立会人等において選挙人が投票を記載する際不正行為を防ぐこともできたものと認められる。そればかりでなく、証人横川四郎、同林侃、同宮坂福三郎、同宮坂善造、同吉江英二郎、同飯田幸男、同藤森富男の各供述によれば、選挙人が投票所に入場する際は、係員においてその人数を調整制限し、順次投票記載を終了せしめて別箇の口から退場せしめて場内の混雑を避け、これにより選挙人の投票記載が覗き見られる危険のないように努めたことを認めることができる。以上の事実によれば、右選挙における投票所の設備については選挙人の投票の秘密及びその自由の保持につき欠けるところはなかつたものと認めるのが相当である。右認定に反する前示甲第四号証の三の記載、証人大森甲斐治、同水端大五郎の各供述は上記証拠と対照し採用し難く、他に右認定を覆し右投票所の設備が不備であつたことを認めしめるに足る証拠はない。従て右投票所の設備が不備であつたことを前提とする原告のこの点の主張も採用するをえない。

しからば右選挙が無効であることを理由としてその確認並にその主張の裁決の取消を求める原告の本訴請求は失当であつてこれを認容するをえない。よつてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき公職選挙法第二百十九条民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

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